管理人の経歴です。ご来室の参考にしていただければ幸いです。

〔氏名〕島根 一史 Shimane Kazufumi
〔生年〕1963年
〔出身〕東京都台東区
ハードコンタクト使用歴32年 メガネ使用歴42年
〔時間があるときは〕草野球で身体と眼をなんとか動かしています。
小学校に入る前から視力が悪く、小さいときからメガネをかけていましたが、
当時は視力が悪い子が1クラスに1,2名しかいなくて、常に見えないことを気にしていたと思います。
高校3年くらいまではメガネをかけたり、外していたりしていましたが、17歳ときにハードコンタクトを作成。
入れる前は怖さの方が勝っていましたが、できあがったコンタクトをはめた途端に世界が変わりました。
そこには、いままで見たことがないような、明るくまぶしい世界が広がっていました。
そのとき「長い間、ずいぶん損をしていたな〜」と後悔したこともありました。
そして大学卒業後、視力矯正に興味があったので、
はじめてコンタクトを作った千葉県内の眼鏡店に入社。
メガネの専門学校を出たわけではないため、はじめは何もわからなく、徐々に現場で知識や技術を学んでいきましたが、
売り上げ最優先のため(商売では当たり前のことですが)詳しい検査を練習することもできませんでした。
その後、コンタクトメーカーで営業技術の募集があり、メガネだけではなくコンタクトの知識も広げたいと思い、応募して転職。
メーカーでは、個人の眼科から総合病院、大学病院、大手の眼鏡店への技術サポートをかねた営業を行いました。
午前は眼科、午後は眼鏡店など、決まったスケジュールをこなさねればいけなかったのと、
眼科や眼鏡店によっては非常にストレスがかかるところもありましたし、逆に安心できるところもありました。
しかし、ある日、片方の眼でものを見るとものが歪んで見えることに気づき、すぐに眼底検査を受け、中心性網膜炎と診断。
残念ながら、これといった治療がなかったため、ひたすらストレスをかけないようにしていくと、徐々に歪みは治っていきましたが、その後も何回か歪みがでることもあり、
そのような眼の状態のため、紹介で東京都内の小規模眼鏡店に転職し、あまりストレスをかけないように心がけました。
幸いなことに転職先では、勉強する時間や詳しい検査を行うことができ、また眼科でも働く機会があり、医療現場での検査の実情などもずいぶん勉強になりました。
ただ、中心性網膜炎と同じ頃、網膜はく離も患い、現時点までに左右合わせて3回の手術。
まさか、自分が網膜はく離になるとは思いもしませんでしたが、強い近視による網膜の変性が主な原因という診断に衝撃を受け、
それまではどんなに近視が進んでも特に問題はないと思っていましたが、網膜はく離を境に考え方を改めました。
それからは、いかにして近視を進行させないようにするか、また少しでも改善できないかと考え、自分の眼を実験台にして、様々な方法を試み、
その結果、自分の眼の屈折度数の改善、外斜位も改善することができ、自分の症状と同じように困っている方に応用できないか、さらに試行錯誤を繰り返しました。
その後、カウンセリングやトレーニングを落ち着いて行える場所としてアイランドを開設し、信頼できる眼科医のご理解とご協力をいただきながら、
多くの方の相談を受け、現在に至っています。
また、検眼カウンセラーは自称です。 日本には検眼やメガネとコンタクトレンズ専門の公的な資格(海外ではオプトメトリストなど)が存在しないため、 およびカウンセリングが非常に重要なため自分で考案して使用しています。
さらに最近は、医療関係者や眼鏡関係者の中でも近視のケアの重要性を理解していただける方も増えてきましたので、今後は少しでも良い方向に進んでくれればと思っています。
ただ、国や行政が私のような検眼・メガネ・コンタクトの技術者たちを必要と考えないのであれば、さまざまなアイデアや技術は一代限りかもしれません。
私自身も小さいときから視力のことで不自由な思いをしてきた眼病を持つ患者の1人ですから、少しでも視力のケアに役立つことであれば、 この眼を実験台にしてどんどん試していきたいと思います。
眼は一生使う大切なものです。大事にしてください。