プロフィール - 代表者の経歴と開設の経緯について -

 

代表者の経歴です。ご来室の参考にしていただければ幸いです。

管理人の素顔

〔氏名〕島根 一史
〔生年〕1963年
〔出身〕東京都台東区
・メガネ使用歴49年:遠中近累進多焦点レンズと単焦点レンズを入れたウスカルメガネを併用
・ハードコンタクト使用歴39年:レインボー・クレール(遠中近多焦点レンズ) およびシード・ASルナ(単焦点非球面レンズ)を併用
・ソフトコンタクト使用歴9年(スポーツ用):アルコン・デイリーズトータル1を使用
時間があるときは、軟式野球とソフトボールで少しでも身体と眼を動かしています。
・参考までに私の父は現在83歳ですが、ハードコンタクトとメガネと併用しています。ハード使用歴43年です。

 小学校に入る前から視力が悪く、小さいときからメガネをかけていましたが、 当時は視力が悪い子が1クラスに1,2名しかいなくて、常に見えないことを気にしていように思えます。
 そして高校3年くらいまではメガネをかけたり、外していたりしていましたが、17歳の時にハードコンタクトを作成。
 入れる前は怖さの方が勝っていましたが、できあがったコンタクトをはめた途端に世界が変わりました。
 そこには、いままで見たことがないような、明るくまぶしい世界が広がっていたことを今でも覚えています。
 そのとき「長い間、ずいぶん損をしていたな〜」と後悔したこともありました。

 大学卒業後、視力矯正に興味があったので、はじめてコンタクトを作った千葉県内の眼鏡店に入社。
 メガネの専門学校を出たわけではないため、はじめは何もわからなく、徐々に現場で知識や技術を学んでいきましたが、 売り上げ最優先のため(商売では当たり前のことですが)詳しい検査を練習することもできませんでした。
 その後、コンタクトメーカーで営業技術の募集があり、メガネだけではなくコンタクトの知識も広げたいと思い、応募して転職。
 メーカーでは、個人の眼科から総合病院、大学病院、大手の眼鏡店への技術サポートをかねた営業を行いました。
 午前は眼科、午後は眼鏡店など、決まったスケジュールをこなさねればいけなかったのと、 眼科や眼鏡店によっては非常にストレスがかかるところもありましたし、逆に安心できるところもありました。

 しかし、ある日、片方の眼でものを見るとものが歪んで見えることに気づき、すぐに眼底検査を受け、中心性網膜炎と診断。
 残念ながら、これといった治療がなかったため、ひたすらストレスをかけないようにしていくと、徐々に歪みは治っていきましたが、 その後も何回か歪みがでることもあり、  そのような眼の状態のため、紹介で東京都内の小規模眼鏡店に転職し、あまりストレスをかけないように心がけました。
 幸いなことに転職先では、勉強する時間や詳しい検査を行うことができ、また眼科でも働く機会が多くあり、 医療現場での検査の実情などもずいぶん勉強になりました。
 ただ、中心性網膜炎と同じ頃、網膜はく離も患い、現時点までに左右合わせて3回の手術。
 まさか、自分が網膜はく離になるとは思いもしませんでしたが、強い近視による網膜の変性が主な原因という診断に衝撃を受け、 それまではどんなに近視が進んでも特に問題はないと思っていましたが、網膜はく離を境に考え方を改めました。

 それからは、いかにして近視を進行させないようにするか、また少しでも改善できないかと考え、自分の眼を実験台にして様々な方法を試み、  その結果、自分の眼の屈折度数の改善、外斜位も改善することができ、自分の症状と同じように困っている方に応用できないか、 さらに試行錯誤を繰り返しました。
 その後、カウンセリングや色々な検査やトレーニング、メガネの作成などを落ち着いて行える場所としてアイランドを開設し、 信頼できる眼科医のご理解とご協力をいただきながら、 多くの方のご相談を受け、現在に至っています。

 私自身も小さいときから視力のことで不自由な思いをしてきた強度近視による眼疾患を持つ患者の1人ですから、 少しでも眼に良いと思われることはこの眼を土台にどんどん試していき、 有益な情報と快適なメガネとコンタクトを「ご縁」があってアイランドまでお越しいただける方に提供させていただきます。

 眼は一生使う大切なからだの一部です。大事にしてください。